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CROSS TALK

フレグランス・プロデューサー石坂将についてのインタビュー
ファッション誌を中心に活躍しているライター岩間真喜×石坂将

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岩間真喜 (以下 MI ) / 石坂 将(以下 SI)

 

MI:フレグランス・プロデューサー”という肩書きに馴染みが無いので、

  色々とお仕事の内容をお伺いできればと思っております。

     まずは、石坂さんが香水に関心をもつようになった

  エピソードを教えてください。

SI:僕が初めて香水を貰ったのは5、6歳の頃、

  7歳年上の兄がイギリスに留学していて、

  夏休みに帰国するときにお土産でもらいました。

     この『4711 ポーチュガル オーデコロン』です。

  とても気に入っていたので、中学を卒業するまで使ってましたね。

MI:小学生で使われていたんですか?!

SI:そうそう。当時は制服のループタイに吹きかけて楽しんでました。

MI:おしゃれですね。香水の勉強をしていたんですか?

SI:僕は日本の大学を卒業した後イギリスの大学院に行ってました。

  当時いちばん興味を持っていた国際政治を学んでいました。

     まわりの友達は官僚や国連などの仕事に就く人が多かったんですが、

     僕は日本に戻って普通に就職活動していました。

     24歳のときに香水の商社(現:株式会社フィッツコーポレーション)に

  就職が決まって、そこで働いているうちに、

  どんどん自分が香水業界に合ってるんだってわかってきて。

     その頃からフレグランス・プロデューサーになろうと思っていましたね。

MI:30歳でご自身の会社を立ち上げ、

  倖田來未さんのフレグランス(写真)が大ヒットしましたよね。

SI:欧米ではファッションブランドやアーティスト、

     セレブリティが有名になると、

  フレグランスを発売するというのが主流なんです。

     そういう流れが日本にはなかったので、

     コラボレーションという形でまずは

  香水業界の枠を拡げていこうと思っていました。

     やるならミュージシャンって決めていたので、

  倖田來未さんにお願いしました。

     おかげさまで、倖田來未さんの香水が

     通常2万本売れたら大ヒットといわれる市場のなか

  10万本売れました。

MI:工夫した点はありましたか?

SI:ファン以外の方にも興味をもって貰うためにはどうすべきか、

     流通面や認知度をあげるためにすべき事など

  さまざまな課題が分かりました。

MI:フレグランス・プロデューサーという仕事は、

     作るだけでなく色々な側面にも携わる感じでしょうか?

SI:はい、香りの制作から商品のデザイン、

     広告のデザインなど製品化するにあたってのブランディングも

     プロデューサーとして関わっていきます。総合的な視点をもって、

     限られたコストの中でいかに

  世の中の求めているものに見合う製品を生み出し、

     ビジネスとして成立させていくのかを考えるのが

     フレグランス・プロデューサーという仕事だと思っています。

     世界的に見ても新しい存在だと思います。     

 

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